よもやま話

焼香の回数は何回?(葬儀の作法)

お焼香の仕方は難しいですよね。何と言っても、殆どの人が正式に習っていない。仕方がないから前の人のを見て、同じようにする。前の人が間違えたら、次の人も同じように間違える。まるで落語の世界です。

実は、宗派によって、焼香の仕方が違うのですね。田舎に行きますと、西本願寺ばかりとか、東本願寺ばかりとか固まっていますので、結構しっかりと焼香されますが、岐阜市内の場合ですと、見よう見まねのバラバラです。岐阜市斎場隣の善照寺のご住職は、毎回焼香のご指導をされています。

ではまず、来賓席でのご焼香の仕方を話します。

名前を呼ばれましたら、前に出て、適当な場所で、ご導師様に軽く一礼をします。ご導師様は返礼をされません。返礼をされないのが作法ですから、返礼されなかったからと言ってご導師様に腹を立てないように。さて次が問題です。殆どの方が、ご遺族に深々と一礼されます。これ間違いなんです。ご遺族には挨拶はしないのが作法です。私も違和感がありますが、挨拶しないのが礼儀と、ものの本に書いてあります。仕方ありませんから、私の場合は、できるだけご遺族と目を合わせないようにしています。万が一目があってしまったら、無視するとなんとなくおかしいので黙礼することにしています。このあたり作法と、心が乱れるところです。原則としてご遺族に挨拶しないという事を覚えておいて下さい。

焼香台前に進み、軽く一礼をします。

さて、いよいよ焼香です。 お香をつまんで、焼香します。ここで間違えないように。本願寺では、お香を押しいただくことはしません。見よう見まねで覚えた方は、ここでお香を額の前に持っていったり、意味もなく気合いを入れたりしますよね。「うむっ!」なんて頭のところで念を込めている人まで居ます。あれ、大きな間違いです。お香は摘んで、香炉にいれれば良いのです。本願寺以外の宗派では、お香を額の前に押し頂く作法もあります。御導師様が焼香をされるのを確認するのが良いと思います。なお、お香を揉む人がいますが、揉んだところで何の意味もありません。

焼香は何回行ったらよいか。これは宗派によって違うんです。

・西本願寺 ・・・・・1回
・東本願寺 ・・・・・2回
・臨済宗妙心寺 ・・・1回
・曹洞宗 ・・・・・・2回(左手を添えて、一回目は軽く頂き、二度目はそのまま落とす)
・真言宗 ・・・・・・3回

相手の宗派にあわせれば良いのですが、解らないときは自分の宗派でやりましょう。回数にこだわるのではなく、心を込めて行うことの方がよほど大事なことだと思います。人が多いときなどは、どの宗派も一回の焼香でも良いと指導されているようです。

焼香したら、念珠を掛けて合掌します。この時、本願寺なら念仏(ナムアミダブツ)を数回口に中で唱えます。目はご本尊を仰ぎ見て下さい。ご遺影ではなくご本尊のお姿を仰ぎ見てお参りします。念仏を終えたら合掌したまま上体を45度傾けて礼拝します。上体を起こしてから合掌を解きます。

礼拝を終えたら、仏前に軽く一礼をして、ご導師に一礼をして席に戻ります。

ではおさらい。

1. ご導師に軽く一礼
2. 焼香台前にて、仏前に軽く一礼
3. 焼香
4. 合掌
5. 礼拝
6. 仏前に軽く一礼
7. ご導師に一礼

以上ですね。一般焼香の場合は、ご導師に一礼する部分が省略となります。宗派によって作法に違いがありますので、正確にはご住職様にお尋ね下さい。


本願寺の方の注意事項

告別式などで弔辞を読まれる人も多いと思います。
最近、東西本願寺では、葬儀の時に使用する言葉に対して、大変指導が厳しくなっております。東西本願寺の葬儀では以下の言葉を使用しないようにしましょう。慣例的に使ってしまう言葉です、気をつけましょう。

まず、「告別式」とは言いません。本願寺の考え方として、亡くなった方とは、再びお浄土で逢う約束になておりますから別れを告げる式ではないという事です。「永遠の別れ」「地下で眠る」「草葉の陰で」「昇天する」「安らかにお眠り下さい」」「一人であの世に旅立つ」「天国から私たちを見ている」「もう二度と会うことはできません」「冥福を祈ります」「みたまよ安らかに」これ、全部ダメです。

必要ならば「阿弥陀様のお浄土に帰られて喜んでいられることでしょう」とか「今日の別れもしばしの別れです、お浄土でまた合わせていただきましょう。」などの表現が妥当とされています。

同様に、

・祈る→「念ずる」
・冥福を祈る→哀悼の意を表する
・戒名→法名
・やすらかにお眠り下さい→私たちをお導き下さい
・幽明境を異にする→み仏の国に生まれる
・草葉の陰→お浄土・み仏の国

と表現します。

くどいようですが、これは東西本願寺の考え方です。相手方の宗派を確認の上、このような表現を使われますようお願いします。
また、言葉だけでなく「葬儀は不浄の儀式」として行われる行為も、本願寺門徒は行ってはならないとされています。死者や死に関して不浄という考え方は、仏教ではなく神道の考え方なんですよね。具体的には葬儀の後「塩で清める」、「忌中の札」、「ご飯に箸を立てる」、「茶碗を割る」などを指します。

電話後来店・資料請求で納品時にカタログギフト
電話をかける
資料請求