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心とモノによる「癒し空間」を演出。これからの仏壇店の在り方と未来を考える。
大野 もう20年以上も前の話だけど、大学で同級生だった泉君が東京から岐阜へ遊びに来たんです。せっかくだからと言って、うちの仏壇店で1日だけバイトしていったんですよ。
泉 いまだに覚えているのは、仏壇を納品したときに、生きた鯉を一緒に持っていったんです。ほんと、驚かされましたね。
大野 あれは尾張地方の伝統というか、おまじないというか、お仏壇の中に入れた鯉を、木曽川に流す風習が一部に残っているんです。つまり厄除けの犠牲にするんですね。鯉の代わりに魚の干物という所もあります。その風習を知らずに、“うちの仏壇は何で生臭いんだ”と言ったお客さんもいましたね(笑)。
仏壇とオオクワガタ
泉 岐阜で最初に仏壇を生産したのは、どのあたりの地域なんですか?
大野 残念ながら、岐阜はお仏壇の産地ではなくて、この近辺だと、大須や彦根に昔からの職人がいます。あとは大阪や広島など、徳川家の譜代や親藩といった大名の治めていた場所に、お仏壇の産地が多いんですよ。これはいわゆる徳川家の軍需政策なんです。戦争がないと、鎧甲冑を作らせていた職人たちの需要もなくなりますよね。けれどもいざ戦争になった場合、その技術は残しておかないと、量産が効かないから、鎧甲冑の代わりにお仏壇を作らせたんです。だからある日突然、お仏壇の職人に武具や馬具を作れといったら、すぐに作れるように技術伝承をしてきたわけです。
徳川御三家の地である名古屋が、お仏壇の一大産地になったのは当然のことなんです。
泉 僕は昆虫が好きなんですけど、徳川家の勢力下には、オオクワガタの産地が多いんです。オオクワガタが好んで居着くのは、『台場クヌギ』と呼ばれる木で、農林業に力を入れた徳川家康は、このクヌギが炭を作る木に適しているといって積極的に植えたといわれます。ですから今の話を聞いて、仏壇職人の多い地域には、オオクワガタが結構いるんじゃないかって思いましたね(笑)。
大野 その因果関係は面白いね。
変わる仏壇のスタイル
泉 名古屋圏の人々は家族主義というか、家のモノにお金をかける風習があるよね。
大野 というよりも、お金をかけていいモノと悪いモノがはっきりしているんです。お嫁入り道具は娘のため、お仏壇は大切なご先祖のためだから、どれだけ良いものを買っても贅沢とは言われないんですね。むしろ自慢していい。
泉 最近はお風呂にお金をかける人が多いでしょ。そこでリラックスするみたいな。そう考えると、仏壇を置く空間にお金をかけるというのは、ひとつの贅沢としてあるのかなって思います。
大野 日本家屋の場合、基本的にお仏壇を置く部屋は南向きの部屋。家の中で最も良い南西の部屋なんです。仏間というのは本来、お仏壇だけを置く畳部屋でしたが、現在の住宅事情ではだんだんとそのスペースが取れなくなっているんです。こうした理由から、フローリングの上に置けるお仏壇が生まれたわけですが、これが今とっても斬新ですね。美しさをひたすら追求したイタリアンデザインのお仏壇も新鮮だし、店にはああこれだったら洋間にも置きたいなって思えるお仏壇を展示しています。仏壇店というのはどうしても陰気くさいイメージがあって、前を通るだけでいやだと感じる方もいるようですが、生活様式の変化とともにお仏壇も変わってるんです。
僕はご先祖様や仏様と向き合う新しいスタイルを提案したい。それがお店のコンセプトなんです。店に訪れるお客さんにいろんな発見をしてもらいたいからね。
癒しのメカニズム
大野 みなさん、ご先祖様や仏様のためにといって、お仏壇に花を飾りますよね。実はこの考え方って間違ってるんです。なぜかといえば、本来ならご先祖様や仏様の方に向けて花を飾らなければいけないのに、自分たちの方に向けて生けますよね。まったく逆のことをしてるんです。仏教の由来ではお仏壇に花を飾るのは、仏様の優しい心を表現するためだと言われます。だから花を生けて、すがすがしい気持ちになること自体が、仏様から癒されている行為なんです。あと、灯明を立てる行いも同じ。灯明は『暗い夜道を光で照らす』知恵のシンボルであり、仏様から灯りをいただくんです。さらにお香もそうで、お香の良い香りが仏様に届くのではなくて、自分の身を清め、ああいい香りだなあという気持ちになって、仏様の前に座ることが大切。すべて仏様からいただいているんです。
泉 一種のリラクゼーション装置みたいな。
大野 そう、だから花を生ける行為がそのまま芸術の粋まで到達してしまう。店内を歩くだけで癒される空間を演出しています。
泉 店自体がひとつのテーマパークになってるんですね。
大野 そのとおり。アロマテラピーがいま、流行ってますよね。みなさん何も知らずにインドのお香などを買われますが、やっぱり煙いだけのお香しか知らない人には、来店していただいて、本当に良い香りのお香を試してもらいたい。その気持ちが今の店作りにつながっています。
泉 さきほどの花の話じゃないですけど、いろんな話を聞いていると、ちょっと買ってみようかなって気持ちになりますよね。
大野 たまにお仏壇をテーマに、講演会に招かれるのですが、面白いのは年齢を重ねた方ほど、吸い込まれるように話を聞いていただけるんです。たとえば『四苦八苦』という仏教用語がありますよね。『生・老・病・死』という四つの苦しみがあって、この他に『憎たらしい人に会わなければならない苦しみ』『愛する人と別れなくてはならない悲しみ』などさらに四つあって八苦なんです。お釈迦様ってすごい人物だってみんな思っているけど、言葉の意味を知ると、お釈迦様も嫌いな人と会うことに対して苦しみ、悟りを開くまで私たち凡人と同じような悩みを抱えていたのかって思いませんか。みなさんが普段からよく知っている言葉を改めて解説すると、すごく納得していただけるんです。
泉 専門知識を備えた販売員を教育するのもこれから大切になってくるのではないでしょうか。
大野 お客さんから質問を受けて、きちんと説明ができる、お客さんの要望に合わせた商品を提案できるのは専門店ならではの強みです。“おおの春堂で買って、またひとつ勉強できたな”っていう付加価値を提供していきたいですね。
仏壇店の使命
大野 世界でも、日本人は家族の死を認め、その悲しみから立ち直るのが早い人種だと言われています。なぜかと言えば、お仏壇があるからです。つまり、家族が亡くなったという事実を自分で認識して、気持ちを静める場所がある。お仏壇にお参りするたびに、家族の死を自分の心に刻み込めるんですね。アメリカの場合、亡くなった人を偲ぶ場所が家の中にない。いままでお仏壇に縁のなかった人もショールームを見てもらえれば、日本人にとってなぜお仏壇が必要なのか、納得していただけるんじゃないでしょうか。
泉 さきほど「お仏壇の春堂」の店内を見学したときに感じたのは、関西型や関東型の仏壇がきちんと区分けしてあって、地方による特徴が一目で分かるのが面白い。ディズニーランドでいえば、トゥモローランドと同じですよね。
大野 本店1階のフロアには、これから普及する新しいスタイルのお仏壇も数多く展示してます。そういった意味ではまさにトゥモローランドですよね。明日のお仏壇です(笑)。
泉 ディズニーランドに行って、つい買い物をし過ぎてしまうのは、その世界に浸ってしまうからじゃないですか。仏壇を買うにしても、仏様の空間に入った気持ちになれば、じゃあうちにも入れてみようかなって思う。これは値段以外の部分であり、店作りにおいても重要なことですよね。
大野 たしかに僕らはお仏壇というハードを売るだけでなく、お仏壇のある暮らし、仏様にまつわる生活をより高いレベルでお客様へ提供したいわけです。そのレベルを引き上げるのが、僕らの努めだと思うし、その努力を日々重ねていかないとね。で、その結果として仏壇店も変わっていくのは当然のことなんです。
中日新聞岐阜県版 岐阜新聞岐阜全県版掲載